静岡県周智郡森町。30年くらい前に静岡県内に住んでしましたが、森町の存在を知ったのは、15年くらい前でしょうか、新東名が開通してまだ三ケ日経由でしか行けなかった頃に遠州森町PAに初めて立ち寄った時ですね。浜松SAは開通当時から人気で混雑していましたが、遠州森町PAは小さいPAで空いていたので。PAには地元PRもありましたが、お茶は静岡だからどこでもあるし、何があるの?ちょっと覚えておらず。ただ「森の石松」ゆかりの地とはこの時に知りました。で「遠州の小京都」アピールって当時はあったかな?印象では「遠州の小京都」推しはもうちょっと最近のような気がします。「遠州の小京都」で推してるんだったら重伝建になっていると思うけど、これまた、まだ?っぽい。。。
森掛川ICで降りたのも今回初めて。森町に行ってみようと思ったのは、前回ご紹介した「あじさい寺」と小京都とはどんなもんだろうとみてみたかったこと、そして行ってみたいラーメン屋さんがあったから!
「ラーメン屋 金次郎」庭師がつくったラーメン屋とのことです。車での道がちょっと大変ですが、自然に囲まれて雰囲気も素晴らしい所でした。さすが人気店、11時過ぎで駐車場はいっぱい気味でした。
入口で名前を書きます。
待っている間に少し散策。テラスでの食事もできるようです。
なんかクラブハリエっぽい印象。自然と調和しています。
順番が来たので入店。座敷に案内されました。
支那そばチャーシュー麺。富山ブラックっぽいですが、スープは落ち着いた味です。丁寧に作られているのがよく判ります。特にチャーシューが美味しい。なんかほっとさせてくれるラーメンでした。
ごちそうさまでした。
せっかくの森町。少し探索です。古い学校があるようなのでいってみました。
旧城下学校
明治17年(1884年)建設された城下学校は、現存する数少ない木造校舎で旧見付学校、旧岩科学校に続き、静岡県内に残る3番目に古い学校建築です。
鬼瓦には『学』
平屋の明治の学校が残っているはめずらしいのでは?ここは、後に幼稚園になったり、いまは地区の施設になっているようです。


次に向かったのは、明治18年建築の旧郡役所。現在は町立歴史民俗資料館となっています。

館長?さんにいろいろと説明を頂きました。特に森町のこと。今の名産はお茶ととうもろこしと次郎柿と。昔は秋葉山詣で秋葉街道、さらには信州に続く塩の道としての街道で宿場町で大いに賑わったとも。
町立歴史民俗資料館に隣接している蓮華寺へ。

ここから「歴史の散歩道」へと案内がありました。ハイキングコースになっているようです。何人かがここに向かっていました。
さて、ごく一般的に小京都のイメージっってどうなんでしょう?
しっくい、土壁が続く路地、土蔵、格子戸の町家、武家屋敷。。。あとは寺町でお寺が点在ししているとかでしょうか。私はこのイメージでした。森町の観光協会によると、
遠州森町は静岡県西部の山間地にあり、三方を小高い山々に囲まれ、町の中央を清流「太田川」が流れ、どこか京都に似た風情を感じる町。 その昔、火伏せの神「秋葉山(あきはさん)」へ通ずる秋葉街道の宿場町として賑わい、今も街道脇に残る格子戸の町家や路地裏の土蔵はその時代の名残です。 大正12年(1923年)7月、森町を訪れた地理学者「志賀重昂(しがしげたか)」は、山紫水明のこの町を「小京都」と称賛し、以来遠州の小京都と呼ばれるようになりました。
塩の道、秋葉街道の宿場町であった、本町、城下を車で通ってみました。細い路地は街道宿場をイメージできましたが、残念ながら格子戸の町家や路地裏の土蔵はほんの数件のみ。きっと町家だったり蔵だったろうなという家屋は幾つかあり、建物の造りや奥行きから、かろうじて感じることができます。そりゃ大正時代には多く残っていたと思われますが。。。
町割りは古いままのようで駐車場も少ないので写真撮っていないですが、「本町」「城下」あたりや周辺にも古い家屋とならんで、先に挙げたラーメン屋さんやおしゃれなカフェもいくつか点在しており、また新しい住宅も建てられているようです。町を盛り上げようというのが伝わってきます。町の雰囲気もいいし、静岡、掛川、浜松までもすぐだし、IC近いし、移住先としても、ちょっと憧れます。
今回訪れることができなかった、木造駅舎で国登録有形文化財にもなっている遠州森駅や、一番の目玉の遠江国一宮小國神社。写真でみても良さそうなので、ぜひまた訪れてみようと思います。
DATA
この日の機材
LEICA M10-P
フォクトレンダー Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F3.5 VM Type II
行った日
2026年6月
行ったところ