なにをいまさら…

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飛行機王と呼ばれた中島知久平の邸宅「旧中島家住宅」

妻沼のあとは広い利根川河川敷を渡り群馬県へ。利根川は氾濫もあり工事も難航したであろう国道の利根川に架かる橋の名前、ずっと妻沼大橋だと思っていた。このあたりは前に仕事でも関係してて地元の人たちも妻沼大橋って言っていた記憶が。。。刀水橋という名前らしい。。。知らんかった。
この国道407号をそのまま行くとSUBARU群馬製作所 本工場。前に仕事で訪れていた時、本館前には古いバイクやスバル360があったけど今はどうだろう?ここの本館は戦前戦中の中島飛行機時代の建物。非常に重厚感のある内装だったと。
国道407号の近くには鉄道も計画をされていました。東武鉄道が、太平洋戦争の軍需路線として、熊谷から妻沼を経て利根川を渡り、中島飛行機の工場、東武小泉線に繋げる計画がありました。東武熊谷線(妻沼線)として、熊谷から妻沼までは開通しましたが、戦争が終わり、利根川を越えることができず。じゃ東上線側につなげようってことで森林公園まで延長計画されるも実現されずにモータリゼーションの波にも圧され1983年(昭和58年)に廃止となっています。
ちなみに中島飛行機は、昭和6年に、日本陸軍最初の単葉戦闘機であり、陸軍初の日本オリジナルの設計による戦闘機である九一式戦闘機を製造しています。(この模型の写真は福島県楢葉町にあるオールドカーセンタークダンです。実物も所沢にあるらしいです!)

この戦前日本での重要産業であった中島飛行機の創業者である中島知久平の旧邸宅に訪れました。(生家も近くにあったらしいです。)国の重要文化財に指定されており、現在は太田市が管理し、建物の一部(車寄棟)が地域交流センターとして公開されています。実は内部公開されているのは車寄からの玄関と入口フロア、そして、この部屋のみ。

目の前は利根川の堤防。以前はここに飛行場の滑走路があったとのこと。

これだけでも素晴らしいので他も見てみたい。中庭。外から建物を見学できるようです。

庭が一望できる客間ですね。襖絵が見事です。照明も素晴らしい。

奥の建屋へ、仏間。

2階はちょっと荒れてそう。障子が破れていました。建屋に続く蔵。一番奥に離れがあります。ビニールハウスに囲われていますが、ハウスも傷んでるし中の建屋はもっと傷んでそうです。

受付の方も話されていましたが、かなり傷みも激しいようです。入場料無料なのはありがたいですが、有料にすることやクラファンでも資金集めて修繕して公開してほしいですね。

DATA  

この日の機材
LEICA M10-P
フォクトレンダー Voigtlander ULTRON 28mm F2 VM
フォクトレンダー Voigtlander HELIAR classic 75mm F1.8 VM

 行った日
2024年6月

 行ったところ