前回紹介した明延鉱山から神子畑選鉱場までは1円電車だとほぼ直線のトンネルで約6kmです。今は車でしか行けないので、朝来周りで約40km近くあります。でも案内が多いので解かりやすかった!そして、ど~んと!!!
この神子畑もかつては鉱山。古くは800年頃からという。戦国江戸と続き明治においても銀の鉱脈が発見されたことから繁栄していたが、徐々に枯渇し衰退、大正6年にはついに閉山。ちょうどその頃、明延鉱山では採掘鉱量の増加により、従来の選鉱施設では手狭になってきており、そこで明延では採鉱後の一次破砕までを行い、神子畑は明延鉱山から運び込まれた鉱石を選鉱する大規模な「機械選鉱場」として生まれ変わることとなった。残念ながら昭和62年、円高の急激な進行で競争力を失った明延鉱山の閉山に伴い、本選鉱場も操業を終了し閉鎖。
建屋は壊されていますが、コンクリート基礎が残されています。これが哀愁と造形美そして自然との調和を生み出し感動すら覚えます。中に入ることはできませんが近づくことはできます。
ここはトロッコのトンネル跡?
明治政府がフランスから招いた鉱山技師ムーセの旧居。
ここ神子畑も多くの男達が働いていた。そして家族も。神子畑小学校には200名以上の子供たちが通っていたそうだ。今は体育館がひっそりと残されている。
ここは水飲み場かな?おそらく校庭だったのだろうが、残されたジャングルジムが悲しい。この橋を渡って多くの大人達は仕事場へ、子供たちは学校へ通ったのだろう。
神子畑の鉱山は生野銀山の支山。生野銀山よりも鉱石の出産量が不安定だった為、銀のメインは生野へ。生野銀山へ向かいましょう。
神子畑から朝来への道の途中に神子畑鋳鉄橋があります。日本一古い鋳鉄橋として1977年には国の重要文化財、2007年には近代化産業遺産にも認定されています。
次は生野銀山へ!次回へ続く。。。
DATA
この日の機材
SONY α7RⅡ
フォクトレンダー ULTRA WIDE-HELIAR 12mm F5.6 Aspherical III VM
フォクトレンダー ULTRON 35mm F1.7 Vintage Line Aspherical VM
フォクトレンダー HELIAR classic 75mm F1.8
行ったところ