なにをいまさら…

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古民家

北国西街道稲荷山宿、朽ちていく重伝建。

今度は北国西街道。この道も中山道から北陸道を結ぶ街道。またの名を善光寺西街道、いやこちらも善光寺街道とも呼ばれてるようで、かなり混乱してきました。信濃は山あいを通るので、都市部に向かうのはいろいろなルートがあったのでしょう。北国西街道稲荷…

北国街道海野宿

北国(ほっこく)街道って、wikiによると、北陸道の別名にて、旧国名で言うところの若狭、越前、加賀、能登、越中、越後および佐渡を指すと。江戸になると琵琶湖東側から米原くらいまでも北国街道と呼ばれていたとも。今回の舞台の北国街道は中山道追分宿か…

中山道「木曾平沢」

前回紹介した「花沢の里」は静岡県唯一の重伝建地区。重伝建地区が一番多いのは石川県8か所、次が7か所で長野県と京都府です。ということで長野をご紹介しましょう。いままで長野エリアの中山道木曽路のいくつか巡っていましたが、1昨年のGW、奈良井宿のす…

花沢の里 ~「焼津市花沢伝統的建造物群保存地区」

静岡県唯一の重要伝統的建造物群保存地区、花沢の里。日本坂トンネルを出てすぐのところにあります。古い町並みよりもハイキングコースとして有名なようで、入口に大きな無料駐車場があります。町並み散策もここに車を停めるようです。 ここから歩くこと数分…

東海道25番目の宿場町「日坂宿」

よく言われる東海道三大難所は箱根峠、鈴鹿峠とここ小夜の中山の峠越え。(静岡エリアでは薩埵峠、宇津ノ谷峠。。。)24番目の宿場町「金谷宿」から「小夜の中山」の峠を越えると25番目の宿場町「日坂宿」です。 急な坂であった小夜の中山からなだらかなにな…

東海道の難所「宇津ノ谷峠」宇津ノ谷集落と4世代のトンネル

東海道20番目の宿場町「丸子宿」から東海道21番目の宿場町「岡部宿」の間にある東海道の難所「宇津ノ谷峠」があります。(静岡では)薩埵峠と並び東海道の難所といわれております。宇津ノ谷峠のふもとには宇津ノ谷集落が立ち並びます。宇津ノ谷集落へは、国…

東海道の難所「薩埵峠」由比宿のおすすめは「あかりの博物館」

東海道16番目の宿場町「由比宿」広重美術館などの施設はあるけど、町並みはスルーしました。由比から旧道を行くと、お屋敷が見えてきます。「小池邸」です。 入場無料にて水琴窟の音色も聞くことができます。「あかりの博物館」ここのコレクションは素晴らし…

東海道15番目の宿場町「蒲原宿」

東海道15番目の宿場町「蒲原宿」にはちょうど桜のころ訪れました。東海道53次を巡っている方は多いかと思います。東海道は江戸時代からの日本の大動脈であり、明治以降の鉄道、国道整備となり、開発も進んで、あまり古い町並みは残されていません。風情のあ…

静岡うまいもの「桜えび」「とろろ汁」。。。

4月に入ると新年度で入社、異動、組織替え、予算決定などいろいろと慌ただしいのです。そして会議続き。。。ちょっと長時間の会議っぽいのがあり、暇つぶしにスマホで古い写真見てました。町並み巡りをするとき、多くはSONYαか最近はLeicaで撮っていますが、…

下田の街並みを歩く

黒船でやってきたペリー艦隊が、日米下田条約締結の為に了仙寺まで行進したことから名付けられたペリーロード 今は下田を代表する観光スポットになっています。 銅板壁に伊豆石造りとそそられます。 石畳にガス灯。古民家を活用したカフェが多いようですが、…

下田の歴史を歩く

下田は日本の歴史で重要な場所。ペリーはここから上陸。日本が世界に開かれた最初の場所です。 上陸の地の目の前は戦国時代の下田城。ここからもペリー上陸の地が見えます。 中腹にある開国記念広場にはいろいろとレリーフがありました。下田城は北条氏が小…

下田のなまこ壁

前回は伊豆松崎のなまこ壁を歩きましたが、下田のなまこ壁もぶらぶら。下田公園から降りてくると気になるなまこ壁の住居がありました。 観光トイレ越しですが、おおきな館のようです。旧澤村邸、中も見学できました。 観光スポットしても有名なペリーロード…

なまこ壁の松崎町をぶらぶらとPart2

続きです。 伊豆の松崎町は古くから松崎港を中心栄えてきました。海運業も盛んで栄えていたことでしょう。 ここ明治商家中瀬邸もそのうちの一つ、明治時代に呉服問屋として財をなしたとのこと。 ここは見学できるので入ってみました。 欄間の細かさに高い技…

なまこ壁の松崎町をぶらぶらとPart1

西伊豆っていうよりちょっと南伊豆寄り、南伊豆かっていうと伊豆半島西側だし、ってどっちつかずの静岡県松崎町。あまり交通の便もよくないのが幸いしてか、のんびりした空気感を感じることができる町です。そして松崎といえばなまこ壁。全国的には伊豆だと…

雪の増田のまちなみ「横手市増田伝統的建造物群保存地区」

1昨年の年末は秋田県横手市に訪れました。 十文字駅からタクシーで「横手市増田伝統的建造物群保存地区」へ 年末12月30日の訪問だったので観光施設は閉まっているところが多かったですが一部は開場しました。 ここは横手市増田まんが美術館があるので町…

赤沢宿を五感で味わう。

赤沢には無音の静寂があります。赤沢には本当の暗闇があります。あなたは風を見たことがありますか。あなたは雲が生まれる一瞬を見たことがありますか。あなたの五感で赤沢を味わってください赤沢にはあなたの心と身体を癒す力があります。 現地に置いてある…

甲州市塩山下小田原上条集落

山梨県って、市名の頭に富士って付いていたり、甲府市、山梨市、中央市、甲斐市、甲州市、南アルプス市、などわかりやすい市名が多いけどちょっと味気ないような。。。フルーツラインというのもあちこちにあるし。。。 そんな山梨県内の富士河口湖町から甲州…

今庄宿

福井での訪れたところひとつ飛ばしていました。北国街道の宿場町である今庄宿です。今庄そばが一番有名でしょうか?幕末に興味があれば水戸天狗党が敦賀で処刑される直前の宿としてご存知かもしれません。訪れたタイミングがちょうど渋沢栄一の大河ドラマで…

北前船寄港地『坂越浦』

日本海側の北前船船主集落寄港地が続いたので瀬戸内からもひとつ。兵庫県赤穂市の坂越浦です。有名な赤穂の塩がありますね。町並みへ そこには古い町並みがありました。 有名なお菓子屋さんのようです。 400年続いている奥藤酒造 敷地に奥藤酒造郷土館があり…

南越前町河野北前船主集落

海岸線を走っていたら駐車場に北前船が!南越前町河野北前船主集落がありました。当時、目の前にある中村家は保存修理中でした。写真見ても豪華さが伺えます。 1本奥の通りを散策。 この先は住宅との事で観光ではご遠慮くださいとの事でした。なので戻りまし…

三國湊の町並み

福井県坂井市三国町の三國湊、北前船の寄港地として繁栄した町並みです。えちぜん鉄道の終着駅があります。近くにはレンガ造りの眼鏡橋があります。(メガネ?) 駅周辺や幹線道路沿いには越前ガニのお店が並んでいますが、九頭竜川の河口ちょっと手前に昔の…

伏木の「旧秋元家住宅」と伏木に残る近代建築

岩瀬に続き高岡伏木の「旧秋元家住宅」ご紹介します。北前船主・廻船問屋の屋敷でしたが、いまは高岡市伏木北前船資料館として公開されています。ここのみどころは煙出し窓のように見えるた望楼。 まずは室内を見て回りましょう。北前船の資料が多く公開され…

岩瀬の「森家」「馬場家」へ

間が空いてしましましたが、富山、岩瀬の「森家」「馬場家」をご紹介します。北前船主・廻船問屋の屋敷です。簡単に言うと明治時代の大金持ちの大屋敷です。 まずは「森家」。裏手に駐車場があるのでそのまま裏口から入れます。ちょうど蔵があります。蔵の扉…

昭和の原風景『板井原伝統的建造物群保存地区』

鳥取県八頭郡智頭町市瀬にある板井原集落。ここは国選定のの重要伝統的建造物群保存地区ではなく、県選定伝統的建造物群保存地区「板井原伝統的建造物群保存地区」。何か理由があって国の選定には該当しないのか?それとも鳥取県が力を入れてて守ろうとして…

温泉津、ここは武骨であり無風流な世界遺産。

温泉津「ゆのつ」と読みます。名前の通りで温泉がある港。石見銀山の銀の積み出しや鉱山で働く職人への物資の輸送、また北前船の寄港地としても栄えていたようです。 世界遺産である石見銀山大森地区から廻ってきました。温泉街へは車は入れますが温泉用の駐…

がっかり世界遺産?いやいや素晴らしい大森の町並み

残念な世界遺産と云われる石見銀山。何を持っての残念なの?がっかりなの?いやいや残された街並みは素晴らしい!!!ここも昨年2月の訪問ですが、こんなに広いとは思わず時間が足りずに、銀山坑道跡には間に合わず今回は町並み散策のみになってしまいました…

擬洋風建築、看板建築、そして宿場町「矢掛宿」

旧山陽道の宿場町「矢掛宿」です。2000年12月に重伝建に選定されていますが、なぜ今になってというくらい古い建物が残されており素晴らしい町並みでした。近くに国道が走りますがこの旧山陽道も生活道路。ほぼど真ん中に観光駐車場があります。昨年の2月の訪…

重要文化財江川邸

静岡県韮山町。いまは伊豆の国市となっているようですが。。。ちょうど今の大河ドラマの舞台にもなっているところです。(私は三谷幸喜作品は嫌いなのでほとんど見ていません。。。)北条家ゆかりの韮山ですが、戦国時代でも秀吉の小田原攻めの舞台にもなり…

沼津御用邸 西附属邸

御用邸の続きです。西附属邸は明治38年築とのことで昭和44年まで使われていました。この御用邸がほぼそのまま公開されています。 西附属邸門。御用邸公園の受付もここにあります。外からみると質素でありますが、中はとても広いのです。まさに質実剛健という…

沼津御用邸記念公園

御用邸。趣の深い言葉ではあるが、簡単に言うと天皇の別荘。ここ沼津御用邸は明治26年に当時は皇太子だった大正天皇のご静養のために造営され、昭和44年12月6日に沼津御用邸が廃止になるまで、明治、大正、昭和天皇をはじめ皇室の方々に利用されてきたという…